熊本県立人吉高校同窓会「近畿繊月会」
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第17回定期総会のご報告
平成24年度の近畿繊月会総会は大阪城内の「ホテルニューオオタニ大阪」に会場を移し、寒気がやや緩んだ平成24年2月12日(日)、67名の参加をえて開催致しました。   
今回は当会の「特別講話」を毎回担当してこられた渋谷先生が昨年10月7日にご逝去されたのを受け、『渋谷先生を偲ぶ会』として行われました。総会用冊子の中では闘病中の先生が来人された京都大学防災研究所の皆さんへカテーテル姿で熱弁を奮っておられますが、この「カッパ潭」の講演がご息女の添え書き通り、最後の講演となってしまいました。15頁から32頁にかけ古里をさりげなくユーモラスに喧伝されています。この愛郷心と実地踏査の分厚さが聞手を魅了する独特の渋谷節の根幹をなすものでした。
応募された方からの追悼文も掲載致しております。
以下総会の模様を報告致します。
□開会
司会:渋谷周年幹事(13)
開会の辞伊藤潔副会長(15)が開会の挨拶
黙  祷服部史郎相談役(2)の首唱でこの1年間の物故会員
渋谷敦(中14)、宗像和夫(2)、渋谷祥至(5)、信国庸夫(名10)の各位のご冥福を祈り全員で黙祷を捧げました。
第1部  講 話
OB講話 「田代正纉の足跡を辿る」(要約) 元愛知県警察官・東海繊月会会長 片岡和紘氏(13期)
総会冊子の文中P37からP47にかけ詳述されているのでと要約されたが、数次にわたった先生の「田代政纉」についての実地踏査の模様が在学時の思い出と共に語られた。  
常套の綿密な調査に時を費やし心血を注ぎ書き上げられたのが「なば山騒動異聞」で出版に多少手間取り遺作となったが、各位の協力、奔走でいまわの綴じ目には製本された新刊を手に安眠された。と先生のご冥福と関係各位への敬意と感謝の言葉で話を結ばれた。静かな口調の講話は故人を偲ぶに充分な雰囲気が醸されていました。
特別講話 「なば山騒動異聞」(要約)
熊本県立装飾古墳館 館長 木崎康弘氏(27期)
『なば山騒動と故・渋谷敦』と題し、最前に行われた著作出版記念会の資料を示しながら解説された。
なお娘婿という立場から「近親者が評価すると甘さが介在する。故に、それを第三者の評価、それも全く係わりのない第三者の評価からアプローチしたい」と理を入れて書評を取り上げ紹介されている。
本著の特色ある切り口として「田代政纉への着目」とその「田代政纉の効果」あげられる。「なば山騒動」の事件は田代政纉の父人吉藩財政担当次席家老田代善右衛門と相良家一族で行状良からぬ相良佐仲が直接の関係者であり田代政纉とは連動しないのだが、本著では政纉のことが大きな柱となっている。
田代政纉は渡辺崋山と交流があった。崋山は「蛮社の獄(1839)」で幕府に捕まり獄死するが、この頃(1832〜1837)は「天保の大飢饉」で全国的に一揆と打ち壊しが頻発した不安定な時期で、相良藩の「なば山騒動」もまさにこの時代の政争に巻き込まれ思わぬ最後を遂げた人々の事件であった。
政纉への着目は歴史叙述のみに陥りがちな歴史研究を幕末の時代的動態の中に位置付けされる効果を生んだのである。
前著「日野熊蔵伝」でも原典の資料を読み、細い糸を手繰っての関係者へのインタビュー、資料発掘、文通などの現地主義に基づく洞察と類推で構成され、正義感に満ちた歴史認識で記された。と結ばれた。
古里講話 「世界遺産へ向けての肥薩線」
日本地名研究所会員 球磨の焼酎学校長 前田一洋氏(7期)
ホットニュースとして人吉市が市制施行70周年を迎えたこと。1942(昭和17年)2月11日、人吉町と蘆田、中原、西瀬3村が合併して人吉市が誕生。当時の人口は33,757人。昭和32年の51,425人をピークに戸数は増加しているが今年1月末現在では35,662人と報告された。
この周年行事に伴い、日本初飛行者の「日野熊蔵」氏をこの度7人目の名誉市民に推載し、式典において著書でその功績を広く紹介した功労者として亡くなられた渋谷先生へ感謝状を贈呈したい旨の申し入れがあり当初本総会へ出席予定だった郁子夫人は残念ながら欠席されることになった、とその経緯を説明された。
在校時汽車通学された方も多いと思うが、地元では馴染みのJR肥薩線を「世界遺産登録へ」との運動が始まった。
言うまでもなく渋谷先生の曽祖父・渋谷礼代議士の心血を注いだ時の政府への誘致運動により明治42年に開通した次第だが、駅舎の建て替え以外は石積みの機関庫、鉄橋、トンネル、スイッチバック、ループ橋、水槽タンクなどがそのまま現在も残っていて、この産業遺産は今や世界に誇れる文化遺産なのであるから、資料の発掘や整理が課題として残るものの、世界遺産登録への機運を盛り上げその夢を市民とともに広げていきたい。
九州新幹線が全線開通してから1年が経過。春先からはSL「人吉号」が熊本駅で待っています。なつかしい肥薩線に乗りに帰ってきて下さい、と呼びかけられました。
第2部 挨拶・活動報告
司会:杉原育代幹事(19期)
冒頭内田憲幸会長(10期)が同窓会名簿・23年度版を発行された本部と学校の労苦に謝意を述べ、本窓会への協賛・出席者へお礼を申し上げた。  次いで、来賓の苧園孝之本部理事(10期)から本部の活動状況についての報告がなされた。
さらに、元嶋 茂本校事務局長から在校生の活動、進学就職状況が報告された。
最後に本会事務局長一省吾(9期)が当期の活動・決算を報告し承認された。
※昼食準備の合間に初参加者を囲んで集合写真の撮影
第3部 懇親会
司会:梶原成二郎幹事(32期)
☆乾  杯:甲斐幹事長(2期)の音頭で乾杯、懇親会を開始。
☆校歌斉唱:前田一洋名誉会員(7期)のピアノ伴奏で人中校歌、人高生徒歌斉唱。
☆土産贈呈:来賓の方々に会から記念品を贈呈
プレゼンター〈村上真理子(36)・、森永佐貴(35)・、井上弘美(32)・              浮田もりよ(28)・依藤邦子(22)・山本扶美子(18)〉
☆達者賞 :木村 幸(人女10期・100歳)先生と  渋谷郁子(人女28期)先生(木崎康弘氏代理)に会長から記念品贈呈
☆達者賞受賞挨拶:木村 幸先生:単独で壇上に登られ張り声で明瞭に礼を申された
: 渋谷郁子先生:(木崎康弘代理):謝意の中に渋谷先生の今わの様態が語られて偲ぶ会が整った
☆自己紹介:時間の都合上今回は初参加の9名のみが登壇
宮崎毅(14)・山本扶美子(橋中18)・萩原貴子(吉田18)
佐藤邦子(黒原22)・浮田もりよ(宮原28)・渕田誠一(31)
井上弘美(井上32)・村上真理子(内田36)・森永佐貴(藤本35)
☆追悼の辞:小川正則次長(8期)及び高森直史氏(広島9期)が述べられた
☆ジャンケン合戦:オブザーバー参加で人吉O−ETSU食品工業提供のお米を各テーブルで争った。なお、全員に同社のパックライスがお土産で配布された。
☆締  め:廣田 稔監事(17期)が大阪締めで本会の締め句
☆閉会の辞:白石玲子副会長(10期)が閉会挨拶を行う        総会本番終了
2次会:別室に別れを惜しむ面々が集まり暫し自慢のノドを披露し再会を誓った
◇番外1 [酒迎え]  総会前日 11日
京都駅で内田会長と坂田副幹事長が講話の片岡和紘東海繊月会会長と落ち合い、伊丹空港で前田名誉会員ご夫妻を井上保子幹事も合流して出迎え。清盛のお墓がある神戸市長田区の能福寺からひよどり越一の谷へ案内。夕刻「ホテルリブマックス大手前」にイン。 
休息し今夕キャッスルホテル3階の「錦城閣」で開かれる集会に備えた。
酒迎え会は来賓5名を含む20名で定刻に始まり、総会出席への謝辞に加え総会プログラムの進行協力や行事が発表され、総会への準備が整った。20時30分でお開き。
毎総会の柱幹だった渋谷先生の姿が見えないのは寂寥の極み。とぜんなかア。
◇番外2 [名残会] 総会翌日 13日
9時過ぎの京阪特急で京都七条へ向かい、当日参加組と合流。一行14名は貸切小型バスで標題の「京の平家・栄華の跡」を追いかけた。五条坂近くで下車、平家一族が居住した界隈の「六波羅密寺」で宝物館を訪ね経巻を手にした清盛座像にご挨拶。五つの大罪を犯したものでも六波羅密とご縁を結べば罪は消えると説き口から六体の化仏を出す独特のポーズの空也上人にも合掌。運慶・湛慶座像など重文が多数安置されていた。
清盛が後白河上皇院政御殿の一角に造進し、渋谷先生も是非見たいと所望されていた「三十三間堂」に周り、「通し矢」に因む「全国弓道大会」の歴代優勝額を見学したが、1001体の観音像が祀られた圧巻の回廊の最奥部に人吉の弓作り名人(肥後三郎)の銘入りで掲額されていた。
秀吉の豊国神社から隣接する方広寺で梵鐘の(国家安康)を確認し、四条京阪南座向かいの四季の味「おくむら」に直行。京の名物「おばんざい御膳」の昼食。ビールの配給があって元気回復。
千本丸太町上がる西入るに「平安京大極殿跡」(平治の乱)碑。そこから「祇王寺」を訪ねて奥嵯峨へと向かう。この尼寺は清盛の愛人で白拍子の「祇王」が失恋して仏門に入り隠棲したところとして知られるが、小雨の草庵に苔と竹が映え独特の風情を醸す。
嵐峡左岸の「小督塚」は車上観光とし西大路八条の「若一神社(ニャクイチジンジャ)」へ。ここは清盛が64歳で熱病にうなされながらの生涯を閉じた場所と伝わるが、広大だったであろう屋敷跡とは似つかぬ小さな社があった。西大路通りに大楠の根を張っていたが、立て札には「清盛公お手植えの楠」とあった。(代替わりしたとも)
引き返し知恩院山門前駐車場で下車。円山公園でまだ春眠中のかのしだれ桜の奥に「祇園の女御」屋敷跡があり、隣接する八坂神社境内の「忠盛灯篭」も訪ね手を合わせた。
帰路時刻が気掛かりになってきたので、予約済みのこの公園内にある京の伝統野菜えび芋と棒たらを煮込んだ名物料理「芋棒御膳」を「本家平野屋本店」で会食し全行程を終了したが、道中を配慮し3日連続の酒は微薫段階でのお開きとなって誠にヘルシーーー。
平成24年度の総会はおおむね以上のような状況で無事終了しました
遅くなりましたが総会の開催にご協力いただきました皆様に心から厚くお礼を申し上げ総会の報告とさせていただきます。
近畿繊月会 会長 内田 憲幸
事務局長 一 省吾