〜世界遺産とは〜

1972年に締結された世界遺産

1960(昭和35年)頃、エジプトのナイル川にアスワン・ハイダムが
建設されることになりました。

これによりラムセス2世が建てたことで有名なアブシンベル神殿などの
ヌビア遺跡群が水没の危機にさらされました。

この時、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)は、ヌビア遺跡群救済キャンペーンを
展開し、世界中から寄せられた募金によってこれらの遺跡を移築し、保護しました。

これを契機に、人類の歴史が造り上げた文化財や地球の自然を人類にとって
かけがえのない宝として国境を越えて保護しようと言う考え方が広がり、
1972年(昭和47年)パリで開催された
第17回ユネスコ総会で「世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約
(世界遺産条約)」が生まれました。

506件が登録されている世界遺産リスト

世界遺産条約では、文化と自然をとも保護することが大切であるとして
登録基準をさだめ、人類全体の宝として保護する価値のある「文化遺産」と
「自然遺産」、そして文化遺産と自然遺産の両方を兼ね備えた
「複合遺産」を認定して「世界遺産リスト」に登録することを定めています。
世界遺産条約の締約国は、その国の国内法で保護された物件の中から
文化遺産や、自然遺産を推薦し、年一回開催される世界遺産委員会が審査し、
世界遺産リストへの登録が決定されます。

1996年(平成8年)12月現在、「世界遺産リスト」に
107か国506件(文化遺産380件自然遺産380件、複合遺産19件)
が登録されています。

また、世界遺産リストに登録されている遺産のなかで危機にさらされ、
緊急に保護する必要のある遺産を
「危機にさらされている世界遺産リスト」に登録し、
保護のための技術的・財政的な緊急援助を行っています。
「危機にさらされている世界遺産リスト」には22件が登録されています。

◆ 法隆寺 ◆

日本最古の木造建築として「世界遺産」に登録された法隆寺は
正しくは法隆学問寺といい、また所在地にちなんで斑鳩寺とも呼ばれる
南都七大寺の中で第一の古寺出ある。

創建は推古天皇が先帝の用明天皇の遺志を果たすため、
薬師如来座像を造り、聖徳太子とともに推古天皇の15年(607年)に
この寺を建てたと言われている。

法隆寺は東西両院に分けられ、東院は西院の東300メートルにあり、
もと聖徳太子の斑鳩宮の旧跡を寺とした上宮王院で、
写真でも紹介している夢殿、絵殿、伝法堂などが立ち並んでいる。
西院には金堂、講堂、五重塔、回廊、中門、南大門、上御堂、三経院、
などの諸堂があり、これら諸堂の建築年代は
飛鳥時代から室町時代に及び、国宝指定の建造物も多く、
彫刻、絵画、工芸品など各時代の粋を集めた美術品の一大宝庫である。


夢殿

夢殿/国宝

東院の諸堂の中で最も主要な建物出、
創建当時のまま今日に残る八角堂中最
古のものである。有名な本尊観世音菩
薩像、行信僧都座像、道詮律師座像、
聖徳太子像などが安置されている。

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